第2回講義

望洞庭湖贈張丞相  唐 孟浩然
全唐詩160孟浩然 漢詩鑑賞辞典129 唐詩選上284頁

(ブラウザの設定にもよりますが音声を聞くには
「ブロックされているコンテンツを許可」し、
スタートボタンをクリックしてください。)
<!--<embed src="no2moukou3min.mp3" autostart="false" width=250 height=55><noembed>--> <!--<embed src="no2moukou.mp3" autostart="false" width=250 height=55><noembed>--> 音声を聞くにはプラグインが必要です。<br>

2014.02.27 録音

(シフトボタンを押しながらリンクをクリックすると
別ウインドウでリンク先を見ることができて便利です。)



 望洞庭湖贈張丞相 孟浩然

八月湖水平,涵虚混太清。

氣蒸雲夢澤,波撼岳陽城。

欲濟無舟楫,端居恥聖明。

坐觀垂釣者,空有羨魚情。

    

 洞庭湖どうていこを望み張丞相ちょうじょうしょうに贈る  孟浩然もうこうねん

八月 湖水 平らかに、きょしたして太清たいせいこんず。

す 雲夢うんぼうたくなみゆるが岳陽城がくようじょう

わたらんとほっして 舟楫しゅうしゅうなく、端居たんきょして聖明せいめいず。

そぞろ垂釣すいちょうものては、むなしくうおうらやむのじょうあり。


字句解釈

洞庭湖 中国第2の大湖、湖南省にあり、揚子江と接続する。ちなみに第1の 大湖は青海湖(海抜3,200m)である。 八月(現九月)は増水期にあたり、一面大湖となる。

張丞相 丞相は大臣、あるいは、総理大臣。張は張九齢であろう。張エツとの説もある。
張九齢は荊州の江陵に左遷されたことがある。そのころ孟浩然が訪ねて就活運動をしたようだ。

涵虚  虚空を水中にひたす。おおぞらを水浸しにする。

太清  大空。空と水が一体になる。

氣蒸  雲・霧・霞などが立ち上ること。

雲夢澤 洞庭湖とその北の大きな沼沢地。雲澤と夢澤があった。夢は暗いの意がある。前漢武帝に仕えた司馬相如 に「子虚賦」がある。賦は文章の意で、文選に録されている。「楚には7つの湖あり、広さ方900里。(1里=500m)」

岳陽城 洞庭湖の東北端にある町。城壁に取り巻かれた岳陽の町。

濟   1.わたる。2.すくう。(経世済民、「経済」ほ日本人作。) ここでは「わたる」。

舟楫  船と楫(かい)。書経に故事あり。若濟巨川用汝為舟楫。若し巨川を濟らば、汝を用いて舟楫と為さん。 解釈に「才能がない。」と「つてがない。」の2説あり。

端居  へいぼんな生活。

聖明  天子(玄宗皇帝)の徳。

坐觀  ただ何となく見る。

垂釣者 魚を釣る人。

羨魚情 魚をほしいと思う気持ち。漢書に故事あり。臨淵羨魚不如退而結網。淵に臨んで魚を羨まば、退きて網を結ぶべし。 「魚が欲しければ網を結え。」


詩 形


五言律詩
律詩は漢詩の近体詩の一。一句が五言または七言の八句からなる。各々二句ずつを一組(聯レン)とし初めから、 起聯・頷連(前聯)・頸聯(後聯)・尾聯といい、絶句の起・承・転・結にあたる。原則として第三句と第四句、 第五句と第六句が対句を構成し、押韻、五言は二・四・六・八句の末尾、七言では一・二・四・六・八句の末尾の 文字にふむ。第一句の二字めを平で始める平起式と、仄で始める仄起式とがある。唐代に定まった詩形。 (文体明弁、近体律詩)--大漢語林

七言律詩では二四不同、二六対、下三連禁止、四字目孤平不可。五言律詩では二四不同、下三連禁止、二字目の孤平不可。

テキスト138頁参照。


詩の鑑賞

この詩は、頷聯の対が見事で古来五言律詩の絶唱とされている。

氣蒸雲夢澤
波撼岳陽城

洞庭湖を詠んだ詩として、この詩と並び称されるのは杜甫の「登岳陽楼」であり、その頷聯もまた古来絶賛されている。







関連詩1

登岳陽樓 杜 甫
漢詩を楽しむ34頁

  孟浩然「望洞庭湖贈張丞相」と古来、双璧と称される杜甫の絶唱です。


 登岳陽樓 杜 甫

昔聞洞庭水,今上岳陽樓。

呉楚東南拆,乾坤日夜浮。

親朋無一字,老病有孤舟。

戎馬關山北,憑軒涕泗流。


 岳陽樓がくようろう登る  杜 甫と ほ

昔聞く 洞庭の水  今 のぼる 岳陽樓がくようろう

呉楚ごそ 東南にけ、 乾坤けんこん 日夜浮ぶ

親朋しんぽう 一字無く、 老病ろうびょう 孤舟こしゅう有り。

戎馬じゅうば 關山かんざん、 けんりて 涕泗ていし流る。


字句解釈

昔聞洞庭水 昔、洞庭湖についての神話伝説故事来歴を聞いた。

呉楚    呉の国と楚の国

乾坤    天地。

親朋    親しい友人。

戎馬    戦争用の馬。

關山北   北方の関山は杜甫の古里。

憑軒    軒欄(てすり)に依る。三国時代の詩に用例あり。

涕泗    涕(なみだ)と泗(はなじる)。


詩 形


五言律詩


詩の鑑賞

この詩は、杜甫晩年の作で、対の見事な頷聯

呉楚東南拆
乾坤日夜浮

が古来絶唱とされている。 洞庭湖を詠んだ詩の双璧は、孟浩然(730頃)と杜甫(770頃)のこの詩である。
また、洞庭湖には神話伝説が多い。日本でいえば国引き伝説などの多い出雲がこれに近い。







関連詩2

洛中訪袁拾遺不遇 孟浩然
全唐詩160孟浩然

孟浩然が長安(西都・西京)、あるいは洛陽(東都・東都)に居たころの、いかにも孟浩然らしい詩。


 洛中訪袁拾遺不遇 孟浩然

洛陽訪才子

江嶺作流人

聞説梅花早

何如北地春


 洛中陽らくちゅう袁拾遺えんしゅういを訪ねて遇わず 孟浩然もうこうねん

洛陽らくように 才子さいし

江嶺こうりょうに 流人りゅうじん

聞説きくならく 梅花ばいか早しと

何如いかんぞ 北地ほくち


字句解釈

洛陽    長安の西都、西京に対し、洛陽は東都、東京という。

拾遺    拾遺は拾うの意。皇帝をいさめる役人。

才子    (漢)文字通り立派な人。(日)小賢しい人。

江嶺    揚子江と南嶺を境とする左遷の地、長沙など。日本の大宰府に当たる。
前漢の賈誼が長沙に左遷された。更に罪が重いと南嶺を越えて左遷された。

何如北地春 「北地の春にくらべて如何」、と解する説と、「何ぞ北地の春にしかん」と解する2説がある。





関連詩3

李氏園林臥疾 孟浩然
全唐詩160孟浩然

孟浩然が長安(西都・西京)、あるいは洛陽(東都・東都)に居たころの、いかにも孟浩然らしい詩。
孟浩然は終生病がちであった。



 李氏園林臥疾 孟浩然

我愛陶家趣,園林無俗情。

春雷百卉拆,寒食四鄰清。

伏枕嗟公幹,歸山羨子平。

年年白社客,空滯洛陽城。


 李氏の園林 やまいす 孟浩然もうこうねん

我は愛す 陶家のおもむき園林 俗情し。

春雷 百卉ひゃっきひらく, 寒食 四鄰しりんし。

に伏し 公幹こうかんなげき, 帰り 子平しへいを羨む。

年年 白社はくしゃむなしとどまる 洛陽城。


字句解釈

陶家    人名、陶淵明。テキスト116頁「帰田園居三首」参照。

百卉拆   卉は草。沢山の花々。

寒食    冬至から百五日目の前後三日間にする行事の名。この三日間は火を用いず、冷たいものを食べる。
      この時期風が強く吹くので火を禁じた。現在の4月4,5日頃。

子平    人名、後漢の人。子供が片付いたら山に籠って行方が分からなくなった隠棲の人。

公幹    公務。仕事もできない。

白社    洛陽近郊の地名。李氏の別荘がある。

客     故郷を離れて住む人。






関連詩4

贈孟浩然 李 白
全唐詩167李白

孟浩然が最晩年(逝去前年?)、襄陽に居たころ、李白が孟浩然を訪ねて贈った詩。


 贈孟浩然 李 白

吾愛孟夫子,風流天下聞。

紅顏棄軒冕,白首臥松雲。

醉月頻中聖,迷花不事君。

高山安可仰,徒此揖清芬。


 孟浩然におくる 李 白

吾は愛す 孟夫子,
風流 天下に聞こゆ。

紅顏 軒冕けんべんて, 白首 松雲しょううんす。

月に醉いては しきりにせいあたり, 花に迷いては きみつかえず,

高山 いずくん仰ぐべけんやここに 清芬せいふんゆうすのみ。


字句解釈

夫子    男子。 論語では孔子。以降は先生の意に用いられる。

軒冕    軒は高位高官用の車。冕は高位高官の正装時の冠。転じて立身出世の意。

紅顏    少年のつやつやした顔。若々しく美しい顔。若い頃。 中聖    聖は清酒のこと。中はあたる。酒に酔う。聖賢は聖人と賢人の他に隠語として清酒と濁酒を
言う。 魏の時代、禁酒例に対し酒の隠語として用いた。

不事君   君は玄宗皇帝。皇帝に仕えなかった。

清芬    清らかな香り。高徳。

揖     おじぎ。会釈。両手を前に合わせ、上下し、または前におしすすめてする礼の作法。


詩の鑑賞

この詩には孟浩然の病を見舞った李白のいたわりの気持ちがこめられている。







関連詩5

送王昌齡之嶺南 孟浩然
全唐詩1661頁

孟浩然の死の直前の詩。王昌齢が左遷されて嶺南に向かう途中で孟浩然を訪ねたときの詩。


 送王昌齡之嶺南 孟浩然

洞庭去遠近,楓葉早驚秋。

峴首羊公愛,長沙賈誼愁。

土毛無縞紵,郷味有槎頭。

已抱沈痾疾,更貽魑魅憂。

數年同筆硯,茲夕間衾裯。

意氣今何在,相思望鬥牛。


 王昌齡おうしょうれい嶺南れいなんくを送る  孟浩然もうこうねん

洞庭どうてい ること遠近えんきん楓葉ふうよう やくに驚く。

禡首けんしゅ 羊公ようこう愛し, 長沙ちょうさ 賈誼かぎ憂う。

土毛どもう 縞紵こうちょ無く, 郷味きょうみ 槎頭さとう有り。

いだく 沈痾ちんあの疾, おくる 魑魅ちみの憂。

數年 筆硯をおなじくす, ゆうべ 衾裯きんちゅうの間。

意氣 今いずこりや, い 鬥牛とぎゅうを望む。


字句解釈

遠近    (漢)「遠い」と「近い」の両方に使われるがここでは「遠い」嶺南の意。

楓葉    (漢)楓樹 秋に紅葉する。日本の「かえで」とは異なる。

峴首     山名 峴首山。襄陽にある。漢詩によく出る名山。

羊公     人名。羊公が峴山で酒宴して楽しんだ故事がある。

長沙     地名。賈誼が長沙に流罪になった故事がある。

賈誼    人名。

土毛    土地の産物。産物が土地から毛のように生ずるため。

縞紵    縞、紵はともに絹の織物。「ちぢみ」と「あさきぬ」。春秋左氏伝に呉と呈の人が意気投合し互いに縞の帯と紵の衣を交換したとの故事がある。深い友情の意がある。

槎頭    槎は「いかだ」で漢水にいかだを浮かべて魚を採った。転じてその鯿。鮒の一種、大型、青白身、美味。

沈痾    ながわずらい。

魑魅    魑魅魍魎(ちみもうりょう)。いろいろな化け物。

筆硯    「ふで」と「すずり」。

衾裯    衾はどてら、かいまき。裯はその一重のもの。

鬥牛    北斗七星。

     

詩の鑑賞

この詩には故事が豊富に、上手に盛り込まれており、孟浩然一代の傑作である。
死の直前の絶筆ではないだろうか。



トップ
ページ
漢詩
鑑賞会A
定例会
日時場所
講義録 漢詩書庫 漢詩地図 漢詩用語 漢詩歴史
漢詩人物 検討室 雑談室 漢詩
百人一首
入会の
ご案内
ご意見
お問合せ
リンク
Last modified 2015/08/10 First updated 2014/04/28